2023.07.05
Trend & Illustrations #17/熊井正が描く「セルフセレブレーション」
アドビではビジュアルのニーズを様々な角度から分析を行い、そのトレンド予測をトレンドリポートとして毎年発表しています。
ビジュアルトレンドをテーマに、東京イラストレーターズ・ソサエティ会員のイラストレーターが描きおろした作品のコンセプトやプロセスについてインタビューする連載企画「Trend & Illustrations」。
2023年の日本のビジュアルトレンドの一つ、「セルフセレブレーション(自己容認の高まり)」を、熊井正さんが担当しました。すでにAIを使ってビジュアル作りをしている熊井さんに、制作方法や今後の活用法についても聞きました。
プロフィール
1963年東京生まれ。
東海大学卒業。87年日本イラストレーション展金賞、88年ザ・チョイス年度賞大賞、89年日本グラフィック展奨励賞、90年講談社『年鑑日本のイラストレーション』新人賞受賞。
tadashikumai.com
https://www.tis-home.com/kumai-tadashi/
東海大学卒業。87年日本イラストレーション展金賞、88年ザ・チョイス年度賞大賞、89年日本グラフィック展奨励賞、90年講談社『年鑑日本のイラストレーション』新人賞受賞。
tadashikumai.com
https://www.tis-home.com/kumai-tadashi/
AIから導かれた「トレランス」
ーー2023年のいくつかあるビジュアルトレンドから、日本独自のテーマである「セルフセレブレーション(自己容認の高まり)」を熊井さんが選んだ理由から教えてください。当初はグローバル向けに紹介されていた「Psychic Waves(サイキックウェーブ)」も候補にあげていました。考えるうちに、「セルフセレブレーション」は元々自分が描いていたイラストレーションに近いような気がしました。振り返ると、「セルフセレブレーション」だと思える絵がすでに手元にあったんです。それがこの作品です。
大阪市新聞広告/1999年
1999年頃にIllustraorで描いたもの。「セルフセレブレーション」ってこんな感じかなと最初にこの絵が、思い浮かんだんです。
Adobeの2023年の日本のビジュアルトレンドのテキストを何度も読み返して、AI (人工知能チャットボット) に「セルフセレブレーション」とは何かを聞いてみました。その答えを読んで更に質問を繰り返し、話し合うと言いますか、そのやり取りの中から「トレランス」という言葉が出てきたんです。"「トレランス(tolerance)」とは、異なる意見や信念、生活様式、文化などを受け入れ、尊重することを指します。個人や社会が異なるバックグラウンドや多様性を認め、共存するためにはトレランスが必要です"というAIの答えがあって。「セルフセレブレーション」だけだと、なんかちょっと違うなと思っていたのが、「トレランス」と「セルフセレブレーション」が一緒になると何となくしっくりきたんです。それで描き始めました。
ーーどういう部分がしっくりきたのでしょうか?
「セルフセレブレーション」って、自分が主体ですよね。自分らしさに注目して理解しよう、受け入れてもらおうとしている。それだけだと、自分の話ばっかりになっちゃって、自分だけよければいいのか、という疑問も出てきたんです。「トレランス」が加わることで他の人のことも認めて、他者から自分も認められる。その相互作用によってさらに「セルフセレブレーション」が高められていくという、その考え方がしっくりきたんですね。
さらにAIに質問して「セルフセレブレーション」と「トレランス」の関係や「成功と失敗」についても質問したんですよ。他者を無視することが虚栄心や自己中心的なアプローチという失敗例になっていて、ここでも"自己の強みや成果を認めながらも、成長への意欲を保ち、他者との関係や社会的な責任も考慮することが大切です。"と、他者を尊重する内容が出ていました。やっぱり「セルフセレブレーション」は自分一人のことではなくて、周りの人との関係が必要だし、重要だと思い至りました。
そこで画像生成AIに、いくつか画像を作ってもらったんです。最初はAIが書いた「セルフセレブレーションとトレランス」についての短い小説をもとにして、そこから得た発想や言葉などを参考にプロンプトを作り、Adobe FireflyやMidjourneyなど画像生成AIに描いてもらいました。
<画像生成AIを用いたイメージ制作>
AIで作った小説からMidjourneyが「セルフセレブレーション」にフィットすると提案した人物イメージ
同様にMidjourneyが生成した背景画像
Adobe Fireflyが「セルフセレブレーション」にフィットすると提案された背景イメージ
Midjourneyが「セルフセレブレーション」にマッチすると提案したイメージ
複数の案をMidjourney にまとめさせたイメージ
Midjourneyに自身のラフの人物像を加えてつくったイメージサンプル
MidjourneyとAdobe Fireflyを使ってZ世代の色彩に色変換したもの
参考材料としての画像生成AI
ーー今はこうして画像生成AIを駆使した参考資料的なものを作りビジュアルを練るんですか?そうです。同時に手を動かしてラフを作ります。画像生成AIを使っても手を動かしながら考える行為からは離れられません。最初はなんだかわからない線だったものがだんだん形が固まってきます。
<ラフの制作過程>
自由に手を動かして描く
少しずつ人物の形が出てきた
だんだん人物の形が明快になってきた
形を完全に決めてトレース。スキャニングしてIllustratorで描き起こす
背景のアイデアスケッチ。画像生成AIからもヒントを得る
人物と背景ラフを組み合わせる
ーーやはり自由に手を動かして描くものがないと最終的な形は生まれないのでしょうか?
そうですね。普段の仕事で、モチーフが決まっているオーダーだったら、手を自由に動かす過程は必要ないんですけど、今回はいろんな捉え方ができるテーマなので、こういった始め方になりました。1週間くらいかけて、手で描くことと画像生成AIでいろんな資料を作るのを並行してやっていました。
ーー最終的な形に決まるのは、何が決めてなのでしょうか?
意識したのは、あまりかっこいい形にしないということです。だからラフでは極端に崩れた形も描いてみたりしました。その結果、ちょっとぽっちゃりした、今まで自分が描いていないようなフォルムになりました。
ーーセルフセレブレーションなので、どんな形でも容認するという意識でしょうか?
そうですね。人物が決まった段階で半分はできているという意識なので、背景をどうしようかと考えます。最後のラフは、Midjourneyで作った画像を下敷きにして、描き起こしたものを背景にはめこんでいます。時間があれば、あるだけ永遠に作業を繰り返しているかもしれません。画像生成AIを使うと本当きりがないんですよ。
ーーいくらでも出てきてしまう。
ジェネレーティブAIの画像をそのまま使うことはないですが、アイデアのヒントにはなります。例えば、この絵の足元の土台みたいなものは、Midjourneyによるケーキのイメージなんです。なるほど、ウエディングケーキはお祝いのためのものでセレフセレブレーションとトレランスだと。それは自分では思いつかなかったアイデアで面白かったです。
ーー発想が幅広いんですね。
そう。でもなんかちょっとずれてる感じもするモチーフも出てきたりして。それが面白くて。結局は自分が何をチョイスするのかが重要なんですけど。
ーー完成作品として、熊井さんは9種類のバージョンを制作してくださいました。
はい。使う側の気持ちでいろんなパターンを作りました。Illustratorのデータではなく、jpegのデータをあげるということだったので、利用する人が背景を作る場合もあるだろうと、人物だけのバージョンも作りました。
ーー最終的にこのバージョンになったのはどこがポイントだったんですか? これまでの制作過程を教えていただいた後に見ると最終作品はシンプルになったと思います。
今までの資料を全部合わせて、いろいろ試してみたけど、最終的には自分に落とし込む。そうした結果が「私だとこうです」って出てきたものです。
ーーこれだけいろんな要素があったけれども、結果、温かい感じなっていますね。
ありがとうございます。
<完成作品>
今後のAI活用法く
ーーイラストレーターの中でもAIを使うことに関しては先頭を走っているのでは?いえいえ。いろんな活用をしている人は、知らないだけでいっぱいいるような気がします。
ーーこの記事が一つの指針になるといいですね。
そうですね。
「シェアーしよう。武器を捨てお互いに求め合おう。悲しみや苦しみの上に私たちは在る。」
青山スパイラルホールで開催された、「ピース」をテーマにアーティスト30組が参加したグループ展出品作/2022年
青山スパイラルホールで開催された、「ピース」をテーマにアーティスト30組が参加したグループ展出品作/2022年
ーーセルフセレブレーション自体に話を戻すと、元々ご自身が制作されていたものが、そういうことに近かったっていうことをおっしゃいましたが、熊井さんの中で通底するテーマだったんでしょうか?
今まで仕事で「セルフセレブレーション」的な絵を描く機会が多かったというだけで、自分自身がことさらにテーマにしていたということではないですね。そういうオーダーが多かったということなんです。
ーー依頼する側もそういうものを熊井さんの作品から感じ取ってきたんですね。
そうでしょうね。人物をモチーフにしているので、どう強く描くかというときに、セルフセレブレーション的なものがあった方が絵としてその人物が強くなると思います。ことさら意識していませんが、自然にそういう方向に来たなと思います。
ーー今後の展望を最後にお話しいただけますか。
今回やらせていただいて、すごく楽しかったんです。最初はどうなるのか、すごく不安があった中でやり始めたんですけど、自分でも気に入った作品ができたし、こういう方向性で、もっといろんな形や、いろんなことができるなと実感しました。この先も続けていきたいと思いつつ、画像生成AIで作る作品も、いつか出せたらなと思っています。
※画像生成AIを使用した画像も一定のルールのもとでAdobe Stockでの販売は可能です。 https://helpx.adobe.com/jp/stock/contributor/help/generative-ai-content.html
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