TIS EXHIBITION

158人の漱石

TIS EXHIBITION

22回目となる東京イラストレーターズ・ソサエティ(TIS)の展覧会。今年のテーマは、没後100年を迎えた夏目漱石です。若き日の松山、熊本、ロンドン滞在を経て、新しい時代を模索して格闘した日本の文豪に、100年後のそれからを重ね合わせる、総勢158人のイラストレーションによる時間旅行をお楽しみください。

 


主催:東京イラストレーターズ・ソサエティ

協力:クリエイションギャラリーG8

用紙協力:株式会社 竹尾

  • 秋山 孝
  • 秋山 花
  • 浅賀行雄
  • 浅妻健司
  • 東 逸子
  • あずみ虫
  • あべ弘士
  • 網中いづる
  • 新井苑子
  • 新目 惠
  • 飯田 淳
  • 飯野和好
  • いざわ直子
  • 石川えりこ
  • 石山好宏
  • 板垣しゅん
  • 井筒啓之
  • 井筒りつこ
  • 伊藤彰剛
  • いとう瞳
  • いぬんこ
  • 伊野孝行
  • 上路ナオ子
  • 上杉忠弘
  • 上田三根子
  • ウエノ★アモーレ★ヒロスケ
  • えんどうゆりこ
  • 及川正通
  • 大久保厚子
  • 大竹雄介
  • 大野八生
  • 小川かなこ
  • 奥原しんこ
  • 小沢利夫
  • 音部訓子
  • 海谷泰水
  • 影山 徹
  • 加藤裕將
  • 川上和生
  • 河下智美
  • 川村 易
  • 管野研一
  • 北谷しげひさ
  • 北田哲也
  • 北見 隆
  • 北村 治
  • 北村ケンジ
  • 北村 人
  • 木村桂子
  • 木村晴美
  • 国井 節
  • 国分チエミ
  • 久保周史
  • くまあやこ
  • 熊井 正
  • 黒田愛里
  • 桑原伸之
  • KUNTA
  • K.タエコ
  • ケッソクヒデキ
  • 小池アミイゴ
  • 小寺茂樹
  • 古村耀子
  • 近藤圭恵
  • 五辻みつる
  • ごとうえみこ
  • ゴトウヒロシ
  • 斉藤美奈子ボツフォード
  • サイトウユウスケ
  • さか井美ゆき
  • 阪口笑子
  • さかたしげゆき
  • 櫻井砂冬美
  • 佐々木悟郎
  • 笹部紀成
  • ささめやゆき
  • 佐藤昌美
  • 信濃八太郎
  • 篠崎三朗
  • 下谷二助
  • 霜田あゆ美
  • 下村 勝
  • 城芽ハヤト
  • 杉田 豊
  • ヒロ杉山
  • 宗 誠二郎
  • 田島征三
  • 田代 卓
  • 田嶋 健
  • 田尻真弓
  • 建石修志
  • 谷口広樹
  • タムラフキコ
  • タラジロウ
  • 丹下京子
  • チカツタケオ
  • 手塚リサ
  • 天明幸子
  • 唐仁原多里
  • 唐仁原教久
  • 内藤貞夫
  • 中川 学
  • 中村幸子
  • 長友啓典
  • ナガノホナミ
  • 薙野たかひろ
  • 西口司郎
  • 二宮由希子
  • ネモト円筆
  • 根本 孝
  • 野村俊夫
  • 野村美也子
  • 長谷川慶子
  • 秦 直也
  • 初谷佳名子
  • 塙 奈緒
  • 濱 愛子
  • 平澤一平
  • 平松尚樹
  • 廣中 薫
  • ヒロミチイト
  • 藤井紗和
  • 藤枝リュウジ
  • 舟橋全二
  • 古川タク
  • ほししんいち
  • マスリラ
  • 松尾たいこ
  • 松倉香子
  • 松本孝志
  • 真鍋太郎
  • 真々田ことり
  • 丸山誠司
  • みずうちさとみ
  • 水上みのり
  • 水沢そら
  • 南 伸坊
  • ミナミタエコ
  • 峰岸 達
  • ミヤギユカリ
  • 村井和章
  • 森 英二郎
  • 森 学
  • 八木美穂子
  • 矢吹申彦
  • 山口はるみ
  • 山口マオ
  • 山口マサル
  • 山崎綾子
  • 山﨑杉夫
  • 山﨑若菜
  • 山下以登
  • 山田博之
  • 吉實 恵
  • 若尾真一郎
  • 若林 夏
  • 渡辺 宏
  • 渡辺浮美夫
  • 渡辺リリコ
  • 158人の漱石

秋山 孝

中学生の頃、国語の教科書で知った 「吾輩は猫である」 は、ぼくに文学の心を教えた。その装丁と装画のデザインも新鮮で書棚に並べると素敵だった。漱石の内面は、激しく混沌としていた。そこでぼくは 「漱石は猫である」 を描いた。

秋山 花

漱石ファンの私のために、ある万年筆を夫がプレゼントしてくれました。夏目漱石が愛用していたデ・ラ・ルー社のオノト万年筆の復刻版です。ペン先には、漱石の原稿用紙にもあしらわれていた龍が刻印されています。

浅賀行雄

大きな声では言いにくいけれど、夏目漱石を読んだ記憶がない。 (いや? 短編くらいはよんだことあるかな?) 日本を代表する小説家と言えば、明治の文豪と言えば、日本人なら読んでいる小説と言えば・・・・・・ねーっ!手を出しにくいでしょう。

浅妻健司

『吾輩は猫である』 の英訳版のタイトルは 『I am a cat』。

東 逸子

椿の落ちる水面に浸りながら、画家である主人公は出会った女性 (ファム・ファタール) を重ねて 「オフィーリア」 を想う。

あずみ虫

「吾輩は猫である」 の一場面。正月に雑煮の餅を食おうとしたら歯にくっついてしまい、一生懸命餅の魔と戦ううちに、猫踊りになってしまった吾輩の姿を描きました。

あべ弘士

夏目漱石の句に 「枯蓮を被むって浮きし小鴨哉」 があります。鴨がもぐって水の中をうろうろ、そしてさて水面に頭を出したところが、ちょうど蓮の葉の下だった。カッパのようだ。

網中いづる

書棚の本の上で寛いでいるよく太った黒猫さんです。

新井苑子

1900年、ロンドンに留学した漱石は強度の神経衰弱になってしまった。大植民地主義の非紳士的な国、イギリスに彼は失望し、孤独を感じたことでしょう。

新目 惠

小説のモデルや漱石自身も可愛がっていた、猫。 俳句で子規に送った印象的な季語、薄。 秋、道端で漱石を想う、ような絵を描きたいと思いました。

飯田 淳

「吾輩は猫である」 の連想です 静かな午後、留守の部屋には人の気配だけが漂っている 主人の居ないベッドルームで猫は何を見ているかな・・・・・・ 猫目線で、ベッドタイムストーリーに思いを巡らせているのだろうか・・・・・・ そのうち、気持ちのいい昼寝がはじまる

飯野和好

嵐山光三郎氏の 「文人悪食」 によると、漱石は英国留学時代にロンドンでの食生活に大変苦い思いをしたと書いてある。しかし、帰国後はその英国流 (お茶に食事) を日々に取り入れ、胃腸が悪いのに、食への欲望は限りなしと言う。

いざわ直子

「それから」 に登場する人々を描きました。親友の妻をずっと好きだった主人公、代助。その三千代に 「何でもあなたの言う通りになる、死ねと言われれば死ぬ」 と言われてゾッとしてしまいます。この先どうなっちゃうのでしょうか??

石川えりこ

吾輩は猫である。 猫は紙の上を好むものである。 知らん顔をしているように見えてはいるだろうが 背中をむけて落ち着き座っているのは 尊敬と警護の表現なのである。 執筆の邪魔をしているのではない事を承知してほしいものである。

石山好宏

ことごとく長編を読破できないままの私に夏目漱石の何が表現できるのだろうと悩みました。もう一度お札を握りしめて書店に向かうところからはじめたいと思います。

板垣しゅん

「則天去私」 とは私にとらわれず、身を天地自然にゆだねて生きて行くこと。 と言う事らしい。

井筒啓之

猫と暮らしていると猫にも人格というか猫格があるのが分かる。しかも簡単な会話も出来るのだ。 「ご飯の時間じゃ!」 「顎の下をカリカリしてくれ」 とか。 「吾輩は猫である」 とはまだ聞いたことがない。

井筒りつこ

晩年、漱石は早稲田南町にある借家に住んでいた (漱石山房)。書斎の写真を見たら、白い火鉢が印象的でした。 「吾輩は猫である」 のモデルになった猫が裏庭に埋葬されています。

伊藤彰剛

夏目漱石の小説 「文鳥」 美しい言葉で文鳥の動きや特徴を丁寧に描写する。その背景にある 「書斎の静寂」 「冬の月」 といった世界観は幻想的で、まるで絵画を観ている様でした。

いとう瞳

昔、東大医学部標本室という場所を見学できる機会がありました。 その部屋にはエタノールに浸かった “夏目漱石の脳” が保管展示してあり、至近距離で漱石に遭遇できたという記憶が・・・・・・。そんな訳で、東大の赤門と脳を描きました。

いぬんこ

小学生の頃に夢中で読んで吃驚した呆気ない最期に捧ぐ。

伊野孝行

漱石先生曰く 「小さくなって懐手して暮らしたい」 「命のやりとりをする様な維新の志士の如き烈しい精神で文学をやって見たい」 どっちにも共感できます。でも絵にする時は、小さくなっている方を描きたくなります。

上路ナオ子

短編 「文鳥」 を読む。舞台は越したばかりの漱石山房。ここに登場する漱石は自由で無邪気で驚くほど率直。物語の美しさと相まって心にぐっとくる。漱石山房の記念館が来年完成の予定ですね。今から楽しみに待っている。

上杉忠弘

漱石が晩年を過ごした 『漱石山房』 は和洋折衷の建物で、庭にはバナナに似た芭蕉の木と、ツクシに似た木賊 (トクサ) が生い茂っていたそうです。庭からの外観はどこかコロニアル風の趣があり、面白いので題材としました。

上田三根子

三四郎がヒロインの美穪子と池の畔で出会った場面。田舎者の三四郎には 「きれいな色彩の着物」 としか表現出来ないのがおかしい。実際どんな着物だったのか、わからないので華やかな色彩の着物を着せてみました。

ウエノ★アモーレ★ヒロスケ

今回の企画の為に1906年に発表された岩波文庫の 『草枕』 を古本屋で探して買ってみた。いざ読み始めると、仮名遣いの違いと、使われている漢字が難しすぎて読めないのですぐに挫折してしまった。

えんどうゆりこ

「夢十夜」、「文鳥」、「永日小品」、俳句を読んで イメージしたものを描きました。 『暖かい夢』 は 「永日小品」 の中の一篇です。 すてきな言葉だと思いタイトルに付けました。

及川正通

自分の作品につまらないコメントを言うな、と漱石先生が申しております。

大久保厚子

縁側のある家と猫を描きました

大竹雄介

A・ヘミングウエー、W・ジョイス、漱石、向田邦子など、猫好きなんだよね。

大野八生

漱石が原稿に向かっている時、きっと猫は、そっと、どこか彼にふれていたのでしょう。

小川かなこ

夏目漱石の小説の終わり方が好きです。教師という仕事に対する情熱を感じないところも人間臭くて好感が持てます。でも吾輩は猫であるの漱石がデザインした装丁が格好良くて彼を見直したのでした。

奥原しんこ

雨の日に夏目漱石のお墓に行ってみた。大きな墓石の前に白い百合の花が供えられていた。左は花びらが落ち、右はこれから咲くところ。しっとりとした墓地の中で、それがなんだか印象的だった。

小沢利夫

明治十六年刊行の 『東京妓情』 によると、東京市内の芸妓は一等が柳橋と新橋とある。 “某亭で晩餐を食ふ。久し振りで正宗を二三杯飲んだら、今朝は胃の具合が大變いゝ。” 漱石の胃潰瘍の一因に酒のせいもあるのでは。

音部訓子

「草枕」 那美のモデルになった前田卓 (つな) は時代的にも先進的で 生意気な女性だったそうである。漱石との交流はほとんど残されてなく ベールに包まれている。

海谷泰水

内田百閒が、漱石の机を真似たくてそっと観察しているところ。結局彼はこの机では小さすぎると思い、その書斎にあった大きな机と同じサイズのものを誂えたらしい。若い頃の話だから、百閒の風貌はこんなんじゃなかったんだろう本当は。

影山 徹

「こんな夢を見た」 で始まる幻想的な十編。それぞれに不条理な舞台が用意されているが、主人公は受け入れている。そして、話はどこにも行き着かない。まさに夢の中。怖くもあるけど不思議と心地よい。

加藤裕將

漱石とは猿楽町錦華小学校の同窓生だ。それがどうしたと言われそうだが、同窓生の話なんてなかなか出ない (今まで一度も)。忸怩たる思いでいたが、今回やっと言えた、少しうれしい。

川上和生

漱石は甘党だったので、お団子を置いてみました。塀の上でダレてるネコを描いてみました。

河下智美

何とも言われぬ不思議な雰囲気を醸し出すストーリーに魅力を感じ、夢十夜を描かせて頂きました。とろみのある重めのお話が多かったのですが、あまり暗くしたくなかったのでゴールドを効かせてみました。

川村 易

夏目坂を歩くと目の前に夢のような夢が金魚にのって次々にやってくる。まぶたをこすっても夢の中の夢は覚めない。漱石終焉の地、漱石山房には石化した金魚が重なったような猫塚の碑がある。

管野研一

「ocean」 夏目漱石は小説家になる前に俳人として多くの俳句を残しています。漱石の俳句の中でイギリス留学前に読んだ 「秋風の一人を吹くや海の上」 を選びました。大海を前に孤独と決意を感じる一句です。

北谷しげひさ

倫敦留学中の夏目漱石を思って描いてみました。倫敦には、一度だけ訪ねた事があります。フランスからホバークラフトでドーバー海峡を渡って入国しました。黒と金の印象があります。あの明治時代の倫敦に住んでみたかったなと思います。

北田哲也

ボクの人生には、夏目漱石との親しいつながりが殆どありませんでした。その中で唯一といえるのが、関川夏央、谷口ジロー作のマンガ 「『坊っちゃん』の時代」 全5巻です。というわけで、この大傑作マンガをヒントにイラストを描きました。

北見 隆

「吾輩は猫である」 の初版本の表紙の背景に、ネズミと魚のパターンが描かれていて、ユーモラスだったので、借用してみました。結果、原作とは程遠いイメージに仕上がってしまいました。

北村 治

酒乱の気もあったらしい漱石夏目金之助邸に、図らずも集まった、明治の文豪たちの酒盛りを、のぞいてみたい。

北村ケンジ

遊んだ結果、仕上がりました。

北村 人

「それから」 をモチーフに描きました。森田芳光監督の映画からが作品の出会いですが、タイトル含めて好きな作品です。

木村桂子

「坊っちゃん」 も痛快で面白かったけれど、やはり三部作が好きで、 「行人」 には驚いた。時代の空気の暗い静溢さが意識をかたち作るのだなと思える描写に感動したが、未熟な私には描けなかった。なので、やはり 「猫」 になった。

木村晴美

動物の気持ちを想像すると、楽しくなったり、悲しくなったり、話ができたらいいのになと、思います。

国井 節

実存的不安の船旅: 「第七夜」 「天にも非ず、地にも非ず家も木も鳥もなき幻想の領域へ・・・・・・それはその茫漠たる広がりによっていかなる描写も拒んでいる。」

国分チエミ

短編小説 「文鳥」 を読んで、そのリアルな描写に胸がキュンと締め付けられる思いがした。小学生の頃に飼っていた文鳥を思い出したからだ。ごめんね、ごめんね。ワタシの文鳥。

久保周史

29歳、漱石は松山中学の教諭として赴任しました。小説 「坊っちゃん」 の舞台です。松山城は、その市内全てを見下ろせる山の上にあります。 当時の漱石と、松山城を描きました。

くまあやこ

第八夜は床屋でのお話。いつも美容院で鏡越しに会話する自分の姿、さらに後ろに立つ美容師さんの姿、さらに奥の風景を眺めながら、なんとも不思議な気持ちになります。夢十夜の世界に入りながら、私の夢想はふくらみます。

熊井 正

本棚にある漱石全集の佇まい、本に触れて感じること、その感覚で描きました。

黒田愛里

夢十夜の中の 「第七夜」 を描きました。 「行き先の分からない船に乗っている」 と始まる物語は、まるで今の世の中の事を言っているようでした。

桑原伸之

時代とかかわり西洋を体験し哲学や美術にそして伝統文化や芸能とも接触しながら文学と格闘しつづけ多くの作品を残しながら1916年49才の若さで死去した漱石その人物を描いてみました。

KUNTA

マドンナと言う言葉を聞いたのはテレビドラマ坊っちゃんである。心悩ますマドンナはハイカラ頭の清楚で可愛いどこか憂いのある人であった。中学生の頭の中にはマドンナという言葉が残った。そして小説坊っちゃんを読んだのはその後であった。

K.タエコ

きちんとした身なりで、背すじを伸ばしてまじめな様子の写真しか見たことのない夏目漱石の、ふだんの様子はどんなだったのかな? と想像して描いてみました。

ケッソクヒデキ

土砂崩れで倒壊してしまい現在は存在しない夏目漱石が下宿していた愚陀佛庵をイコンのように描きました。

小池アミイゴ

「三四郎」 を読んで本郷界隈を歩くと、人が自分の足で歩いていた時代のことを足の裏から想像出来て楽しい。数年ぶりに見に行った三四郎池も、足の裏から可笑しな場所で、その印象を新たに出来たのが、やはり楽しい。

小寺茂樹

「吾輩は猫である」 に出て来る一文で、人間にはわからぬはずであると書かれていますが、猫さんも笑っているように見えることってありますよね。さてさて、この猫さんの笑いの意味を想像してみませんか?

古村耀子

「霜に打たれて蒼味を失った杉の木立の茶褐色が、薄黒い空の中に、梢を並べて聳えているのを振り返ってみた時は、寒さが背中へ囓り付いたような心持ちがしました。」 (こころ) 舌を巻きました。

近藤圭恵

『こんな夢を見た・・・・・・』 不思議で少し怖い。 どこかリアルで美しい夢の世界。 10の不思議な夜。

五辻みつる

幾重にも重なる山並に、青年は何を見たのだろうか。

ごとうえみこ

吾輩は猫である・・・・・・ 生まれ変わったら何になりたい? 猫になりたい。優しい飼い主さんに飼われている猫。 外飼いだと尚いいな。

ゴトウヒロシ

憧れと幻想と欲望の間で行きつ戻りつ、柔らかに空間が拡がってゆく。 「草枕」 の世界、質感に翻弄される。ずっと止まっていたいような、首を振って逃げ出したいような、そして湿度はかなりのものだ。

斉藤美奈子ボツフォード

漱石の小説から気になった言葉を集めて作品にしてみました。

サイトウユウスケ

はじめにことばありき。

さか井美ゆき

初めて読んだ夏目作品は 『それから』 で、時代背景や世界観、男女の機微などというものを味わいながら読み進み、なぜだか自分の浅薄さにうんざりして本を閉じた覚えがある。あれからずいぶん経つけれど、今でもうんざりしそうな気がする。

阪口笑子

明治22年、夏目漱石正岡子規共に22歳、俳句書簡交流始まる。以後子規が亡くなる年迄続く。この句は漱石こと、夏目金之助29歳、夏の句。

さかたしげゆき

小学生の頃に夏目漱石の偉人伝を読んだ。でも、覚えているのは本名が金之助だったことと胃弱だったことのみ。なので胃薬描いてみました。

櫻井砂冬美

有名な霧の倫敦の大気汚染には、留学時の漱石も悩まされていたらしいです。中心地から離れた場所に下宿し読書と論文に集中、殆ど外出はしなかったそう。もしや、歩く時にはいつも空を見上げていたかもしれません。

佐々木悟郎

松山中学校舎を背景に、イギリス留学を経て 「吾輩は猫・・・・・・」 の連載をスタートしたのが38歳。そんな心象風景を交えて、漱石のポートレイトを描きました。

笹部紀成

「坊っちゃん」 の登場人物を動物に置き換えてみました。

ささめやゆき

漱石といえば 〈吾輩は猫である〉 がいち番のポピュラー作。今回何匹猫が登場するのやら賭けている人がおるとの噂。だったら一匹でも多くしてやろうと考えて描いたのである。

佐藤昌美

漱石宅に迷い込んだ仔猫は「福猫」だった。後の 「吾輩は猫である」 はロングセラーとなり、漱石亡き後も家族を支えた。恩返しもあってか、猫好きではなかった鏡子夫人は猫を飼い続けることとなる。

信濃八太郎

凝 (じっ) として、何でも蚊 (か) んでも、噫 (げつぷ) 、非道い (ひどい) 、魂消た (たまげた) 等々、挙げればきりがないけれど、漱石の小説に出て来る当て字は、絵が浮かんでくるようで面白い。

篠崎三朗

私にとって、漱石は、未だに掴みきれない霧のような存在だ。

下谷二助

漱石を読むと登場人物の声が足下の方から昇って来る。それはおそらく、やはり 「猫」 のせいだろう。猫の背丈はせいぜい2尺。彼らの会話は当然、低い位置で交わされる。宿題の漱石を描きながら、ふとそんな余計なことを考えた。

霜田あゆ美

《昔し美しい女を知っていた》 文鳥を眺め思い出に耽る漱石。なのに、世話を忘れて死なせたあとの漱石はひどい。例の 「猫」 も酔っぱらってあの世行きだし。なんだか命があっけない。時代、でしょうか。

下村 勝

夏目漱石でパッと思い浮かべるのは 「坊っちゃん」 と 「吾輩は猫である」 でした、楽な方を選ばせていただきました、スミマセン

城芽ハヤト

漱石作品の女性で真っ先に思い浮かんだ 「坊っちゃん」 のマドンナは、登場箇所の少なさにびっくり。 「こゝろ」 で、先生の奥さん 静のお嬢さん時代。たおやかで華香る美女なのに、琴の腕前はヘタ。そこがまたチャーミング。

杉田 豊

漱石の目を通してうつした人間社会、人間模様。猫の一人称の文体で、独特な視角まで広げた斬新な世界は興味深い。

ヒロ杉山

良い機会なので吾輩は猫であるを改めて読んで描いてみました。

宗 誠二郎

通勤電車で読んでいたのは20代の頃でした。捉え方も変わってきたのかな、と思います。

田島征三

イラストレーションは、センス? アートは、哲学? イラストレーションは、技術? アートは、魂? イラストレーションは、ハッキリ クッキリ! 見せる。アートは、少しぼんやりしていた方が良いかも?? イラストレーションは、カッコいい!! アートは、もたついていても、心に沁みて来なけりゃなあ~ なんて、考えていたのに、ドーして、こんなしょむない絵を描いてしまったの??

田代 卓

夏目漱石といえば 『吾輩は猫である』 である。黒猫を描きたい気分である。でも白猫を描いてしまったのである。

田嶋 健

漱石生誕150年、没後100年にあわせて立派なひげの猫を100匹以上描いて摺りました。

田尻真弓

漱石はどこもかしこも真っ黒なこの迷い猫を 『福猫』 と感じて飼っていたそうです。 この猫に名前はあったのでしょうか? もしかしたら名前をつけて~と尻尾をベチンベチンさせていたかも?

建石修志

今夜もまた、噎せかえる香りの中に悪夢が訪れる。

谷口広樹

生意気にも 「虞美人草」 に出てくる抱一のその何とも華奢で儚く美しい屏風絵に拮抗すべく雛罌粟をしっとりと描こうと考えたがラフを思案しているうちに今回の絵に至った。絵具が怪しく沁みた芥子の絵は別の機会にご披露しましょう。

タムラフキコ

そでふりあう天才たち変人たちを描きました。ほぼ癇癪持ち。漱石と正岡子規、秋山真之、南方熊楠

タラジロウ

夏目漱石はずいぶん前に 『坊っちゃん』 と 『吾輩は猫である』 を読みました。が、内容はすっかり・・ (一応、読んだことありますよアピール・・) 。

丹下京子

漱石は精神の安定を図るためからか、よく絵を描いていたようです。仕事でもないのに何やら一生懸命な漱石の姿を、妻の鏡子さんはいつもそばで温かく見守っていたんだと思います。漱石の生真面目な絵、私もけっこう好きです。

チカツタケオ

夏目漱石はとても好きな作家の1人。20歳代、一人暮らしをしていた頃に洗濯をしながら読んでいたのを思い出す。年代順に読み進んで行くと作者の人としての変化や成長が感じられ、何かを探すように夢中になって読んでいた。

手塚リサ

「ほのぼのと舟押し出すや蓮の中」 漱石の句です。 泥水の中から空へと伸び、大きく凛とした葉、気高く咲く花。その清らかな姿は、2000年も昔から変わらないそうです。 今も昔も、そのまた昔も、心穏やかな風景です。

天明幸子

『吾輩は猫である』 にはモデルの猫がいて、漱石が37才の時に迷い込んで住み着いた、野良の黒猫とのこと。黒猫は、江戸時代の頃から 「福猫」 と呼ばれ、魔除けや幸運の象徴とされていたようです。このコは、正に福猫だったんでしょうね!

唐仁原多里

「奥様、この猫は全身足の爪まで黒うございますが、これは珍しい福猫でございますよ」 漱石の家に何度も迷い込んできた黒猫、やがてこの猫をモデルにした吾輩は猫であるが、大ヒットするのでした。

唐仁原教久

一八九五年、漱石の下宿 『愚陀仏庵』 に帰省療養中の子規が転がり込む。一夏の五十余日の共同生活ではあったが、近代俳句の礎となる松風会が発足する。互いに敬愛し合う二人であったが、病身の子規を気遣う弟のような想いの漱石であった。

内藤貞夫

ネコの視点から、人間を観察したユーモアあふれる作品を、イラストにしてみました。

中川 学

明るく輝く万博を暗い橋の上から大衆が見ているという、明治を象徴するような作中シーンを描きました。

中村幸子

夏目漱石の心のひだというものを考えている内に地面の上が波打ってくるのでした。

長友啓典

夏目漱石と正岡子規の友人関係を詳しく書いた小説、伊集院静さんの 「ノボさん」 (講談社 小説現代) の挿絵を連載で描いていたことがある。夏目漱石の別の一面を垣間見ることが出来た。これからは挿絵の仕事に専念したいと思っている。奥深い。

ナガノホナミ

「君は恋をしたことがありますか」 私はないと答えた。 「恋をしたくはありませんか」 私は答えなかった。 「したくない事はないでしょう」 「ええ」 ー 「こころ」 より   小説の舞台、鎌倉を描きました。

薙野たかひろ

子供のころ、 「少年少女日本文学全集」 で読んで以来、好きな小説です。阿蘇は好きだし。嵐ってのもいい。そう、子供のころは台風とかワクワクしたもんです。というわけで、穴に落ちた圭さんと、のぞき込む碌さんです。

西口司郎

一枚の壁を隔てて横たわる自由と透明な程の孤独感。暗い人生の影を投げかける漱石の冷静な言葉に “心” が共振します。 壊れた砂時計に想いを込めてみました。

二宮由希子

漱石のまわりにいた、たくさんの才能ある人々。彼らに漱石との思い出を語っていただきました。

ネモト円筆

夏目漱石である。作品を読んだ記憶は怪しい。なんとなく知っているのは、抜粋を読んだだけなのか、映画だったりドラマなどを見て、読んだことにしていたのかもしれない。だから、猫である。

根本 孝

二人が歩いているのは1915年ごろの七里ケ浜です。湧いては消える雲、寄せては返す波のように人の心も止まること無くたえず動いている・・・・・・。

野村俊夫

門下生、寺田寅彦の随筆に、カエルの声の真似にひとり悦に入る先生の記述がありましたので、こんな感じかなと。

野村美也子

紙に漢字を書く。あれ? と思う。違うような気がしてもう一度書く。書けば書く程、眺めれば眺める程、その漢字はそれらしくなくなって来る。 『門』 の主人公宗助は 「近」 や 「今」 、私の場合 「行」 がそれに陥りやすい。物語の中で 「御前そんな事を経験した事はないかい?」 と聞かれた細君は困っていたが、私はにんまり。

長谷川慶子

前期三部作のヒロインたち、美禰子と三千代と御米は今宵も女子会を開催中。話題は三四郎の煮えきらなさか、はたまた漱石の噂話か!? 彼女たちのおしゃべりは果てしなく続くのでした。左から三千代、美禰子、御米です。

秦 直也

「吾輩は猫である」を主題としました。モーションキャプチャーは、現実の人物や物体の動きをデジタル的に記録する技術である。映画などにおけるキャラクターの人間らしい動きの再現に利用される。

初谷佳名子

漱石には愛犬がいたみたいです。 ヘクトーという名前で、ビーグル犬のような犬だったそうです。

塙 奈緒

この漱石の顔を見つめていると、 「たゞ牛のやうに圖々しく進んで行くのが大事です」 (芥川龍之介宛書簡より) と語りかけられているような気分になります。

濱 愛子

胃弱のご主人様をわたくしがお守りします

平澤一平

夏目漱石の短編に 「自転車日記」 という作品があるのですが、本人も留学先で自転車に乗っていたらしいですよ。あと漱石といえば 「猫」 というイメージなので組み合わせてみました。

平松尚樹

ただ単に猫を描いてみたかったのです。 あの有名な猫にもこんな一面もあったのでは・・・・・・と思ったまでです。 炎の時と水の時・・・・・・生き物に必ずあるそんな水の時の猫・・・・・・。

廣中 薫

時代が大きく変化している。 「明治の精神の崩壊」 とも言われ謎めいた 「こころ」 を読み返した。殉死、裏切り、恋愛と自責の念、社会との関わり、異なる距離感・死生観…寂しさと自由ある現代社会のありようを考える機会となった。

ヒロミチイト

「漱石」 と聞いて、何故か赤シャツが最初に頭に浮かびました。 「赤シャツは自分自身である」 と漱石も語っていたらしく、そのイメージで描いてみました。そういえば、赤いシャツは一枚も持っていないなぁ。僕には着る勇気がないのです。

藤井紗和

漱石も愛したサイダー。かつては 「平野水」 と呼ばれ 『行人』 や 『思い出す事など』 にもその描写が登場します。胃病に苦しんだ漱石はこれを薬代わりに 「命の水」 と呼んで愛飲していたんだそう。

藤枝リュウジ

大学浪人の頃、 「坊っちゃん」 の単純明快な無鉄砲さを羨んで読んでワクワクした。

舟橋全二

吾輩は猫である、初めて読んでみた。明治とは思えない歯切れのいい現代語。そのほんの少し前の江戸の人達とぼくらは会話出来るのだろうか。タイムスリップしてみたい。

古川タク

短篇集 「永日小品」 の中の一篇 「印象」 より。

ほししんいち

蒸し暑く、寝苦しい夜が続いておりますが、お元気でいらっしゃいますでしょうか? 暑い時には熱めのお風呂でさっぱりと・・・・・・ 湯上りのビールを愛猫ちゃんとともに楽しみたいものでございます・・・・・・全裸にて♥

マスリラ

弟子の三重吉が連れてきた 「千代千代」 と鳴く愛らしい文鳥は、こんな風に懐く前に死んでしまいます。だからこの絵は私の願望と想像の一場面です。 執筆の合間に文鳥と戯れる漱石さん。実際には叶わなかったさらなる癒しのひととき。

松尾たいこ

大人になってあらためて読んだ 「こころ」。子供の頃にはわからなかった、誰ものこころに潜む嫉妬心やエゴイズム、人間の弱さ。そして愛する人にだけは知られたくない自分のこころとそのために感じる孤独が強烈でした。

松倉香子

『虞美人草』 は悪女の話のイメージがあるけど、そんなことはなく、あの頃の結婚とは・・・・・・と感慨深いです。漱石自身は藤尾を好きではなかったらしいという話もあったりしますが、とても魅力的に描かれていて私は感情移入してしまいます。

松本孝志

三好行雄によれば、 「心」 という短編集のはずが1作目の 「先生の遺書」 を書くうちに、漱石の葛藤は増し長編 「こころ」 になったという。描くうちに葛藤がうまれるのも、また仕方がないのかもしれない。

真鍋太郎

ロンドンで暮らす漱石が、猫の格好をしたグラフィティーアーティストになりすまして、いろいろな事件を解決する・・・という設定の物語を、誰かが書いてくれないかなぁ、、、という妄想から生まれた絵、です

真々田ことり

夏目先生の膝に鎮座する三毛子です。旧千円札の色味を研究しながら描いてみました。

丸山誠司

夏目漱石は漢詩をいくつも残している。最初は親友正岡子規の勧めで始めた。 絵の中の詩は、亡くなる20日前くらいに書かれた絶筆。自身の死を予測している内容。

みずうちさとみ

吾輩は猫である。名前はまだ無い。吾輩の主人はもの書きだそうだ。終日書斎に入ったきり殆ど出て来る事がない。しかし、ひとたび思考が停止すると吾輩を構い出したりする。勝手なものだ。なので吾輩は出来る限りの抵抗をするのである。

水上みのり

坊っちゃんに出てくる男どもです。あれ?パラソルが、、、

水沢そら

みんなが知ってて、あまり知らない夏目漱石。この前漱石の家があった場所に遊びに行きました。

南 伸坊

スミレほどな小さき人に生まれたし というのは、明治30年に漱石の作った俳句です。 『文鳥』 はその11年後に書かれた小説ですがこの中にも「スミレほどな小さい人」がでてくる。ほんとの気持だったんでしょうね。

ミナミタエコ

夏目漱石の経歴にある渡英、神経症と帰国後自己治療として書いた 『吾輩は猫である』 等から、猫にイギリス郊外を案内してもらっているイメージで制作してみました。

峰岸 達

漱石の住居 「漱石山房」 は有名だが、こんな洋風のバルコニーがある事は最近知ってちょっと驚いた。なんと家賃35円の借家で、明治40年から亡くなるまでの10年間住んだ。

ミヤギユカリ

漱石さんは自由人で、優れた批評性の持ち主。猫もまた自由な生き物。絵の中で 「漱石と猫」 はちょうど良い関係を保っています。

村井和章

「迷羊(ストレイ・シープ)と繰り返した。」 このフレーズで小説が終わる。三四郎と美穪子の心情のように人は迷う羊である。引越し手伝いの2階の暗闇で二人の顔が一尺許(ばか)りの距離に、雨戸を開けると強い日が眩しい。その空に羊雲が千切れ、迷い飛んで行く。

森 英二郎

漱石先生の小説はなかなか難しい感じですが、漱石先生の俳句は素直で優しい感じのものが多いように思います。

森 学

『夢十夜』 第七夜をイメージし描きました。空 七星 曇 蒼 紫 黒 天文学 波 涙 煙 唄 洋琴。

八木美穂子

夏目漱石の小説としてはじめて読んだのは小学生のときで 「吾輩は猫である」 であった。

矢吹申彦

漱石の絵は、書斎にて、テラスにて、ロンドンにて、とよほど描いてきたが、今回は書斎の背景をロンドンにした。タイトルは簡略化したが、正しくは 「思い出したくもない倫敦を思い出しながら吾輩の頭を叩く漱石先生」。

山口はるみ

肩もんでおくれ。 ニャー。

山口マオ

夏目漱石について多くは知らないが、猫好きという点で親しみを感じている。今回は、吾輩は猫であるの主人公が、猫をひざに乗せ、新聞を読んでいるところを木版で描いてみた。漱石はもう少しスッキリした顔だろうが。

山口マサル

漱石の俳句の一つです。絵にしたら面白いかなと選びました。 本当に世の中にはこういう人達が居るのですよ。

山崎綾子

比叡山で、叡山菫を見つけ持ち帰り自宅の庭に植え育てた漱石。草花に親しむ心を知りなんだか嬉しくなりました。 『菫程な小さき人に生まれたし』 漱石の “小さき” の中にある願いは、宇宙を考えた時に感じる心にも似ているように思います。

山﨑杉夫

イギリスがEUを脱退すると言うニュースを観ながら、漱石が留学していた事を思い出した。既に34才だった彼はずいぶん苦労したようだ。そのせいか 「倫敦塔」 と言う短編は、ミステリアスで不思議な物語に仕上がっている。嫌いではない。

山﨑若菜

ベタですが夏目漱石といえば猫ということで、自分の中で流行ってるカクカクしたタッチで猫たちを描いてみました。

山下以登

苦沙弥先生のうちのちびっ子姉妹が砂糖壷から砂糖を取り合いっこしてるシーンを描きました。うーん、描いてしまってから気づいたけれど、当時のお砂糖はこんなに白くはないかしら?

山田博之

漱石は一時期、白文鳥を飼っています。多忙でぞんざいになり、死なせてしまうのですが・・・・・・。1910年に短編集の一編として 「文鳥」 を発表しています。

吉實 恵

「草枕」 のことを思うと緑眩しい山道が目に浮かびます。文章を充分に味わうだけの教養がなく、御馳走を無駄にしているような口惜しい気持ちにもなりますが、創作の心得や滑稽味のある登場人物などお楽しみが沢山詰まった小説だと思います。

若尾真一郎

コトバ、花、風、おんな、旅、丸、三角、白、花火、歌、B全、酒、ひとりのニャー。

若林 夏

漱石が装幀までてがけたオレンジが印象的な漱石全集。美しい装幀画と、ゆかりのモノたちがちりばめられたスカーフ図案風の絵を描いてみました。

渡辺 宏

ネコはいつも哲学的であり、佇まいは凛として貴族のよう。 目で物言う 「天才」 である。 「ハイハイ、あなたの言うとおりですよ・・・・・・」 また鼻で笑われてしまったみたいだ。

渡辺浮美夫

渡辺リリコ

漱石の小説は、時代を模索する近代絵画同様、青春の日々と重なる。書店や図書館で漱石の小説の背を見るだけで、なんだか安まる。

158人の漱石