COLUMN
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Trend & Illustrations

2021.09.24

Trend & Illustrations #8/若林 夏が描く「Compassionate Collective」

アドビではビジュアルのニーズを様々な角度から分析を行い、そのトレンド予測をトレンドリポートとして毎年発表しています。
2021年のビジュアルトレンドをテーマに、東京イラストレーターズ・ソサエティ会員のイラストレーターが描きおろした作品のコンセプトやプロセスについてインタビューする連載企画「Trend & Illustrations」。
8回目のテーマは「Compassionate Collective – 思いを分かち合う」。圧倒的な熱量で多種多様な人々を画面中に描きこむ若林 夏さんに、作品についてのお話を伺いました。

 

プロフィール

 
埼玉県生まれ。東京在住。
多摩美術大学デザイン学科卒業、MJイラストレーションズ卒業。
テキスタイル会社にてスポーツ、レディースウェアなどのデザイナーとして勤務後、フリーのイラストレーターとして書籍・雑誌・広告・WEB・テレビなどで活動中。
主な受賞歴に、2009年「第8回TIS公募」銅賞、2010年「HB ファイルコンペ Vol.20」仲條正義特別賞、「第1回MJ賞」平川彰賞、網中いづる賞次点。

https://natzz6651.wixsite.com/natsuwaka
http://www.tis-home.com/natsu-wakabayashi

 

「around」2021年

「around」2021年

乗り合わせた1つの船で

──「Compassionate Collective – 思いを分かち合う」というテーマを選んだ理由を教えてください。

自分と他者を分けずに生きるのも、悪くない。そんな思いが伝わる絵を前々から描きたかったからです。お話をいただいたときは、アメリカの大統領選挙や黒人差別問題など人々の分断に関するニュースがあふれていた時期でした。情報を追いかけながら、自分と他人を分けようとする気持ちは他者に対する“怖さ”から生まれているんじゃないかな、と思ったんです。それがもちろんすべてではないですが。

──どのような経験から、そうした考えに至りましたか?

10年ほど前に出産した子どもはさまざまな障害があって、生まれたばかりなのに人工呼吸器を付けたりと大変でした。適切な治療を受けられずに社会的にないがしろにされるんじゃないか、という恐怖心が勝手に芽生えました。しかし、入院や退院後の療養生活をするなかでいつしか恐怖心は無くなりました。なぜなら、関わる人や環境に受け入れられたどころか、今まで決めつけていた世界の先にある景色を知れた喜びすら感じるときがあったからです。障害者と健常者の間に境界線を勝手に引いていたのは自分でした。気管切開をしても我が子は変わらずかわいく、境界線はとても曖昧なものでした。もちろん想像を絶するネガティブな体験もありましたが、それ以上に思いもよらない豊かさを発見ができたわけです。曖昧とはつながってることでもあり、それを絵にできればとてもいいな、と。コロナ禍に入って強く思うことは、この時代に生きて、泣いても笑っても同じ1つの“船”に乗っているのだから、分けたところであまり意味はなくて、共に苦難を乗り越えていくほうが自然な気がします。皆つながっていて1つだという世界観を今回の絵で表現してみました。

──描かれたモチーフには、それぞれどのようなつながりがありますか?

中心に大きく描いた女の子の三つ編みの髪が、右の子の髪や左上の子の洋服にもなっています。左上の女の子は、雲からもらった水をジョウロに貯めて雨を降らせて、その雨水が海へ流れていき、右下のおじさんの飲み物にもなっています。おじさんのシャンプーの泡は雨で洗い流されて、一緒にドリンクを飲んでいるネコちゃんがくるまっている布は、編み物をしている女の子の洋服で。おじさんの靴下をほどいて縫った軍手をはめているのは、左下の作業員。編み物をする女の子の乗り物を修理して、風力発電で町を明るく照らしていて。動物たちも人と共生しながら、1つにつながって支え合っています。

──観れば観るほど、発見がある絵ですね。人物の服も多様でおもしろいです。

ありがとうございます! 職種や人種を意識して一度描いてみたら、多様性について説いた教科書みたいになってしまって。かといって、妖精みたいなキャラクターばかり描いても現実味がない。それで、中央の女の子には日本の物と言い切れない着物を着せたり、右下の介護されているおじさんは動きやすい服だけど派手な色にしたり、マクドナルドの店員風の服の子を描いたりしました。社会のカテゴライズから解き放たれた、メルヘンすぎない人たちを描いています。ちなみに、左下のおじさんの帽子のAは「Adobe」の頭文字です(笑)。

絵の密度と色合わせ

──モチーフがギュッと詰まった絵は、昔から描いていましたか?

基本的に“隙間埋め病”で、クセというか。テキスタイルの図案作りを大学で学んで、卒業後も洋服の柄を描く仕事をしてきたから、画面すべてを絵で埋めることが自然なんでしょうね。お題をいただく絵は、密度の高さでバランスを取りがちです。

──色彩について意識していることはありますか?

色合わせはきれいにしたいと、理屈抜きでいつも考えています。カラ―チップ(印刷の色見本帳)を並べて、色の組み合わせや使う数を決めていて、それもテキスタイルの柄を考えるときと同じ感覚ですね。全体のバランスが取りやすいので、イエロー系やオレンジ系を選ぶことが多いですね。絵が土くさい分、色はなるべく汚くならないように心がけています。

──今回の作品を眺めると、人種・国籍・文化など様々な要素がミックスされています。混沌とした世界は意図的なものですか?

混沌こそ平和で、何かに縛られないものを描きたいという考えは自分のなかにあるかもしれません。寝たきりのおじさんだけど、ハワイ感がある。作業員だけど、サーフィンをしている。ラブ&ピースみたいな讃美100パーセントの人たちにはしたくなくて、楽しいことと大変なことを私なりのバランスで共存させることで、そういう価値観自体がどうでもよくなるくらい自由な世界が描けたら、と。そして一見するとお祭りさわぎですけど、よく観ると人のつながりが分かってくる。多様性を認め合うテーマが嫌みなく伝わるといいな、と思います。

 

「華子のデコトラ☆マンダラ」2020年

「華子のデコトラ☆マンダラ」2020年
デコトラの周りをマンダラ風の絵で飾った。
「哀愁+ハワイ+エスニック」というイメージで構成。

イメージの根源

──今回の作品は、何を使って描きましたか?

Adobe Photoshopで描きました。オリジナルのブラシツールを用意していて、強めのタッチがほしい部分は鉛筆で描いたテクスチャーをデジタルで乗せています。普段はアナログもデジタルも使い分けていますが、ラフはAdobe Illustratorのブラシツールで鉛筆画のように描くことが多いですね。仕上げまでそのまま作画することもあります。下描きには一番時間を掛けていて、参考資料は死ぬほど準備します。今回でいうと、初期の浮世絵を参考に構図を、芸能雑誌『Myojo 明星』を眺めながら服のデザインや帽子のサイズ感を決めました。服のプリント柄に関する本はいつも参考にしていて、尾崎豊の髪型や浜田省吾のバンダナも好きで取り入れることもあります。

──絵のインスピレーションはどこから得ますか?

あらゆるところからですね。描くモチベーションを上げるために観るのは、北野武監督の映画『座頭市』とミュージカル映画『ジャージー・ボーイズ』のフィナーレのシーン。定期的に観ては「よっしゃ!」と気合いが入ります。

──影響を受けた人や作品は?

私の学生時代はサイケデリック・アート(カラフルで幻想的な芸術表現)がブームで、漫画家の蛭子能収さんや美術家の横尾忠則さん、イラストレーターの宇野亞喜良さんのあの激しさや妖しさが、思春期の絵の出発点ですね。アウトサイダー・アートの代表的な作家、ヘンリー・ダーガーの画集は事あるごとに眺めます。

 

「in♡my♡room」2020年

「in♡my♡room」2020年
ポスターとグッズはロック・ユニット「COMPLEX」、部屋は1960年代のアメリカの子供部屋の資料を見ながら描いた。
構成は、明治時代の風景を写した浮世絵などを参考にしている。

悲しいの先のユーモア

──作品に込められたユーモアはどこで育まれましたか?

漫画家のつげ義春さんからの影響は色濃いと思います。切ない物語でも、どこかに笑いがある。偉い人が転んで笑うとか、そういう批判じゃなくて。日常からフッと浮いたような世界観に「これだ!」と興奮しました。スランプになったときは、つげ義春さんの絵を模写していました。それと演劇やお笑いも大好きで、それはおそらく父からの影響です。私がまだ幼いころ、劇作家の別役実さんの不条理劇を家族でよく観に行きました。主役はたいていまともな人物なんですが、無意味で無駄なことを散々させられるうちに最後は狂ってしまうことが多くて。観ているこちらも、普通だったことが普通に観えなくなるのが快感でした。無国籍で上質な世界観もお芝居をより自由で豊かにしているようで素敵でした。つげさんと通じるこの種のユーモアは、集団生活が苦手で、でも必死に社会に交わろうとしていた自分の癒しであり、心の拠り所でした。自分もいつかこんな風に笑える世界を完璧に描けたらいいな、という気持ちがありますね。

──過去描いた作品のなかで、印象深いものがあれば教えてください。

私が通っていた画塾「MJイラストレーションズ」が毎年出版している作品集の表紙絵です。塾長の峰岸達先生からは「絵の密度は高く」というリクエストはありましたが、それ以外はお任せ。何をしてもいいし、誰がいてもいい場所を描こうというアイデアがまずあって、ホテルのロビーにしようと決めました。雑技団の人たちが宿泊していたり、ホテルのカフェは結婚式でもないのにウェディングケーキが名物だったり。登場人物がみんな、伸びのびリラックスしている絵になりました。
 

『MJイラストレーションズブック 2020』
(パイインターナショナル)表紙絵/2020年

『MJイラストレーションズブック 2020』(パイインターナショナル)表紙絵/2020年


──画塾ではどのようなことを学びましたか?

まずは、情熱を持って丁寧に描くこと。当たり前のようですが、妥協せずこの質を上げることがとても大事だと今でも思います。峰岸先生の絵のなかには社会のはぐれ者みたいな人もいて、どんなひどい人も愛とユーモアと、おそらく客観性をもって描いているんです。なぜなら、絵がとっても愛くるしいのにドライだからです。私も描いてみたい世界だったから「こういう描き方があるのか!」と目から鱗で。先生のように、客観性とやさしい眼差しとユーモアの同居を忘れずに描くことを大切にしています。今回、「思いを分かち合う」というテーマで描いた作品の世界も、そんな目線でご覧いただければうれしいです。

 
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