COLUMN
01

Adobe × TIS  Trend & Illustrations

2021.05.14

Trend & Illustrations #6/奥原しんこが描く「Comfort Zone」

アドビではビジュアルのニーズを様々な角度から分析を行い、そのトレンド予測をトレンドリポートとして毎年発表しています。2021年のビジュアルトレンドをテーマに、東京イラストレーターズ・ソサエティ会員のイラストレーターが描きおろした作品のコンセプトやプロセスについてインタビューする連載企画「Trend & Illustrations」。第6回目のテーマは「Comfort Zone(快適な空間)」。大胆な色彩感覚を備え、独自の作風を追求してきた奥原しんこさんに作品について語っていただきました。

 

プロフィール

 
1973年宮城県生まれ。横浜美術短期大学卒業、セツ・モードセミナー卒業 。番組美術制作会社勤務を経て、1997年より東京を拠点にイラストレーターとして活動中。植物のある風景、人物や動物、建物などのペインティング、ドローイング、版画作品を制作。主にパッケージ、書籍、CDジャケットなどのイラストレーションを手掛ける。国内外で展覧会を多数開催するなど、作家としても作品を発表している。近年は植物に興味を持ち、植物のある絵を好んで描き、得意としている。

https://www.shinko.cc/
https://www.tis-home.com/shinko-okuhara/

 

「Comfort Zone」2021年

「Comfort Zone」2021年

想像する世界は、自分だけのもの

──「Comfort Zone」というテーマを聞いて、どのようなイメージが湧きましたか?

Adobeスタッフの方から説明いただいたビジュアルトレンドのなかで、一番身近なイメージとして画が思い浮かんだので、「Comfort Zone」をテーマとして選びました。新型コロナの影響で、以前は通勤していた家族が自宅で仕事をしたりと、家もこれまでと異なる環境になりました。我が家もそうですが、家のなかで仕事とプライベートを快適に楽しむ方法を見出すために、きっといろんな人が工夫していると思います。外に出かけたくても出かけられない人が、家のなかで自由に想像力を働かせているシーンを描いてみました。

──新型コロナで生活にどのような変化がありましたか?

主人と2人暮らしで、私自身は前から家で仕事をしていたので大きな変化はないものの、主人は在宅勤務をするようになり、1人で絵を描く環境ではなくなりました。初めは戸惑ったり、ストレスに感じたりするときもありましたが、絵の人物たちのようにそれぞれ好きなことをうまく自宅でやっています。主人が家で仕事をする様子を観ながら、こういう人だったのかと気づかされる部分もあって、作品のイメージがすんなりと頭に浮かびました。

──では、絵のなかの男女は奥原さんご夫妻ということでしょうか。

私たちも含まれますが、自宅での過ごし方を楽しむ人に共通するイメージとして描きました。絵に描いた人物のように私もヨガをしています。10年ほど前に始めて、2年ほど前にメディカルヨガインストラクターの資格を取得しました。仕事で座りっぱなしですと肩も凝りますし、腰痛も出てきます。イラストレーターで運動不足の人や身体に不調が出てくる人も多そうなので、健康のために始めたんです。続けることで精神的にも強くなったり、いい効果がたくさんありました。

──男性はパソコンを使っていますが、旦那さまは自宅でパソコンワークをよくされているんですか?

パソコンに向かって仕事の打ち合わせをしたり、プライベートでもよく使っています。主人はキャンプが趣味なのですが、仕事をしながらキャンプっぽいことを同時にしているのがおもしろくて(笑)。たとえば、石油ストーブの上にアウトドア用のポットを置いて温めたり。キャンプに行けないので、キャンプをしている人のドラマを観て、楽しいイメージを持ちながら自由に過ごしている姿がいいなぁ、と思って描きました。

──風景と人物は別々に描かれていますね。

最初はカラ—の絵のなかに人物を描くつもりでいましたが、背景と混ざりすぎて変化がないかなと思ったので背景をアナログで描いて、Adobe Frescoで描いた人物を重ねました。屋外でヨガをしたり、大自然のなかでキャンプをしたり、カラフルで開放感のある空間にしました。まわりにあるカーテンは部屋をイメージしています。2人は同じ空間にいるけれど、想像する世界はそれぞれのもの。2色で描いた背景色が、頭のなかは自由だということを表しています。

外で得られるインスピレーション

──仕事が忙しいと、家にずっといらっしゃいますか?

今年は忙しい時期が続いていて、外に全然出られないときもありましたね。そういうときはヨガや植物、料理などで自分自身を癒して、心身のバランスを取っています。同席されているほかの方は、どんな風に過ごされていますか?

──(サイトウユウスケさん)東京都に緊急事態宣言が出たときは、仕事が減ってしまったのでよく散歩していましたね。個展を控えていたこともあって、散歩中に作品のアイデアが浮かぶこともありました。

実際に存在する物を自分の目で見たほうがインスピレーションが浮かぶので、私もよく近くを散歩したり、植物を観察したりします。緑地公園が近所にあって、自然が多くて鳥も観察できます。いまはなかなかできなくなりましたが、旅行も好きで。20代半ばのころに会社を辞めて、貯めた100万円でヨーロッパを3ヵ月間ほど旅したこともあります。大体は1人で行動していたのですることもなくて。カフェで人や風景のスケッチをずっとしていましたね。おかげで絵が上達しました(笑)。

──外に出かけると、どんなインスピレーションを得ることがありますか?

外のほうが、デジャヴュ(一度も体験していないにもかかわらず、すでにどこかで体験したように感じる現象)のような感覚が見つかることが多いですね。たとえば、バスに乗っているときに景色を眺めながら音楽を聴いていると、過去に経験したような感覚になることがあります。そうした場所に対する感覚を思い出して、景色を描くことがあります。最近デジャヴュがあまりないと感じるのは、出かけていないからかもしれません。

 

「Deja vu」2019年

「Deja vu」2019年


──家のなかでさまざまな体験ができるようになりましたが、それだけでは足りない実体験が外にはあるんでしょうね。

忙しいと引け目を感じて外に出かける勇気が湧かないときがありますが、人がたくさんいる町の風景を描く仕事があったときに、たまたま出先で参考になる人混みを発見することもあります。頭のなかで考えたり、インターネットで検索するだけではイメージの限界があって、自分の目で実際の物を観るというのは大切だなぁ、と思います。

制作で好きな時間、画材の話

──普段はデジタルでも制作しますか?

デジタルも多いですね。最近は鉛筆の下描きなしで、Apple Pencilでラフを描くようになりました。本番は絵具で描くこともあれば、Adobe Photoshopを使って着色をすることもありますね。まだデジタルツールを使いこなせていないので、試行錯誤しています。

──アナログの場合はどんな画材を使っていますか? お気に入りの画材があれば教えてください。

アクリル絵具やボールペン、銅版画、紙版画など。背景を紙版画で刷って、銅版画で線を重ねるときもあります。コラージュは最近減りましたが、たまに仕事で使ってほしいという依頼を受けます。コラージュを始めたのは、美術の短期大学に通っていたころ。二点透視図法(視覚的に遠近感を表現するために、建物の外観を描くときなどに使う技法)で図形を描いて着色する課題があったのですが、すっかり忘れて登校しまして……(笑)。手持ちの画材がないなかで着色する方法を考えた結果、その場にあったチラシを切って貼りました。おもしろい立体感が生まれて、塗り絵のような感じで作れるのが楽しくて。それで、コラージュを使うようになりました。版画で試し刷りの紙がたくさん出るので、それを材料にすることもありますね。

 

「Dog walking」2017年

「Dog walking」2017年


──絵を描くなかで、一番好きな時間はいつですか?

イメージを考えて、描き始めるときが好きです。紙やスケッチブックのうえにイメージをまとめてから描き始めますが、その最初の段階が楽しい。段々うまくいかない部分が出て来て、完成するとホッとします。

日々のように、少し息を抜いて

──道の色にピンクが使われていたり、風景画における色使いもユニークです。配色はどのような意識で決めていますか?

色に対する一般的なイメージというものがありますよね。私の場合はそれにこだわらず、「この色にはあの色を組み合わせたらかわいいだろうな」と好きな服を選ぶような感覚で色をチョイスしています。くすんだピンクと水色はずっと好きで、組み合わせることが多いですかね。私が通っていた「セツ・モードセミナー」という美術学校で教えてもらったことの1つに、“あいまいな色”の作り方があります。生々しい原色を使わずに、黒をちょっとだけ混ぜて少しにごらせるというもの。好きでよく使っています。

──グレーを混ぜる話は聞いたことがありますが、黒を混ぜるって勇気が入りそうですね。

混ぜるのはほんのちょっとだけなので、ぜひ試してみてください。好みでバーントアンバー(焦げ茶色)を混ぜる人もいます。いまはきれいな色の絵具がたくさんあるから、そのまま使うほうがきれいだったりするので、使いどころによりますね。
 

「Fine Sunday」2018年

「Fine Sunday」2018年


──今後、取り組んでみたいことはありますか?

好きなヨガに関連する本で、絵を描きたいです。ヨガにはネコのポーズやワシのポーズなど、動物に由来するポーズがあって、身体で表現するのも描くのも楽しいんですよ。昔、ヨガの雑誌で絵を描いたことがありますが、そのときはまだヨガを始めていないときだったので、知識も技術も身につけたいまこそ、取り組んでみたいことです。
 

「ヨガてぬぐい」

奥原しんこさんが、ヨガのポーズをモチーフに制作した「ヨガてぬぐい」


──奥原さんの絵は、隅々まで気持ちが行き届いていて美しいですね。

ありがとうございます。私は逆に手を抜くところがあるのはいいことだと思っていて、描きすぎないように気をつけています。細かく手間をかける作業に対してあまり苦を感じないので、どこまでも描けるクセが身に付いてしまっていて……。銅版画を始めてからは、描く行為以外の作業がおもしろいと感じるようになりました。日常生活はほどよく自然に手を抜いているので、そんな感覚で描けるといいですね。

HOW TO DRAW

奥原しんこさんの作品「Comfort Zone」の制作過程を、ご本人のコメントで解説します。

 

1. 下描きです。どういうイメージにするか、まとめています。初めは2つの絵にしてもおもしろいかな、と考えていました。


2. 下描きを参考にしながら植物をボールペンで描いています。真ん中のプランターを共通の物として、男女で別々の絵を制作してもおもしろいかと考えていましたが、私たち夫婦のように1つの空間に2人の人物がいるほうがいいと思って1つの絵で検討を進めました。


3. 人物を植物の下に描くか迷いましたが、色を塗っているときに、後でデジタルで入れることに決めました。


4. 背景を完成させてスキャンして、データとして取り込みます。


5. 線画のアウトラインはAdobe Photoshopで描いて、Adobe Frescoで制作した人物をレイヤーにして上に乗せて、完成です。

■Adobeサイドのインタビューはコチラ
 

■AdobeStockへのご登録はコチラ

 

ARCHIVES